さるさるパパ
小春川英夫のblogです。 短歌を詠んだり、読んだりしています。

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お茶会用の玉ねぎ(017。小春川英夫)

玉ねぎが目にしみる夕方のテレビからあふれてくる愛と嘘
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コメント

みなさん、コメントありがとうございました。遅れ気味ですが、返レスをば。
破調については、みにごんさんがご指摘のような5・5・5・5・6・5のリズムを意識しています。定型になかなかならずに推敲しているうちに「読みやすいからこれでいいんじゃないか?」ということでこの形になりました。なので、勇気というよりは恐れ知らずという方があっているかもしれません(笑)
「愛と嘘」についても五十嵐さんご指摘のように紋切り型というか陳腐な感じが自分でもしていたのですが、「テレビからあふれてくる」ちょっと胡散臭いもの、というイメージを出したかったので残しました。これも成功と言えば成功してるのかな…?
ハルジオンさん、「黄昏泣き」は知りませんでした。ただ、黄昏感(?)を出したかった歌なので、このようなことを教えていただけると、なにやらとてもうれしいです。
中村さん、歌ありがとうございます。ぜひまたご一緒しましょう。
みなさんのコメントはとても参考になるし、うれしいし、刺激も受けました。ほんとにありがとうございます。

たそかれと問ふ人の影は濃くネギはビニール袋からはみ出している/小春川英夫
【2007/04/20 01:04】 URL | 小春川英夫 #-[ 編集]
お疲れさまでした。
刺激されて、一首作ってみました。ご笑納を。
またご一緒しましょう。

  白髪には分葱が良いと嘘まこと田芋の蓑をぬがせつつ聴く
【2007/04/18 20:59】 URL | 中村成志 #6Q0aW8YQ[ 編集]
こんばんは、ぎりぎりですがお茶会のコメントにまいりました。
みにごんと申します。どうぞよろしくお願いいたします。


玉ねぎが/目にしみる/夕方の/テレビから/あふれてくる/愛と嘘

破調に関しては、私はこのように区切って読みました。
三拍子のワルツのリズムで読めるので、
短歌のリズムとはちょっと違いますが心地よく読むことが出来ました。
「玉ねぎが目にしみる」という出だしはとても好きです。
主体の中心から始まり、夕方、テレビと情報が少しずつ入ってきて、
主体が今どのような状況か、そしてどのような心境なのかが切実に伝わってきます。
また、「テレビからあふれてくる」という表現は素晴らしいと思いました。
マスコミによる過剰演出や情報過多の世相までが見えてくるようです。
結句の「愛と嘘」が少しありきたりなような気がして、
小春川さん独自の視点や切り口が見えればもっと良い歌になるのではないかと思います!
と、偉そうな事を言ってしまいました。。。
【2007/04/17 23:01】 URL | みにごん #-[ 編集]
はじめまして。お茶会のコメントにまいりました、よろしくお願いします^^。

「黄昏泣き」という言葉をご存知ですか? 
赤ちゃんが夕方になると決まって理由もなく泣き出すことがあり、これを黄昏泣きというのだそうです。
原因は不明みたいですけれど、「夕方」というのは、赤ちゃんにとっても何だかたまらなく切なくなるような、あの世とこの世の境目にいるような、奇妙で切ない時間なのだろうな…と思います(『たそがれは逢魔の時間』という漫画もありましたね。好きでした)。
そんな黄昏時、セピア色に染まる台所で玉ねぎを刻む。
なんとなく付いているテレビからは、愛憎の果てに行き着いた血なまぐさい事件をアナウンサーが淡々と告げている。
そんな情景が浮かびました。
みなさん言ってらっしゃいますが、日常が一瞬歪んだように見える「逢魔が時」の雰囲気に定型をくずしたリズムがよく合っていると思いました。
【2007/04/16 17:29】 URL | ハルジオン #-[ 編集]
はじめまして。お茶会のコメントにお邪魔します。
対比と類比が複雑に入り組んだお歌だと思いました。
「しみる」玉ねぎ⇔「あふれてくる」愛と嘘、の対比。
一方で、玉ねぎが目にしみることは涙が「あふれてくる」ことを暗示していて、みち。さんが指摘されているように「嘘」と重なるところもありますね。
そしてまんなかですべてを包んでいる「夕方」という微妙な時間帯。
たくさん句またがりの入ったリズムは、このお歌については、不安定な複雑な気分にとても合っていると感じます。

「玉ねぎが目にしみる」とか「愛と嘘」とかいうある意味平凡なフレーズを使いながら、複雑な感情を書かれているので……上に書いたようなことが意図的に選ばれたテクニックなのか、未整理の言葉がたまたま生み出した効果なのか、この一首だけではちょっと判断できない部分もあります。
【2007/04/16 12:01】 URL | おとくにすぎな #HMRqAMfI[ 編集]
お邪魔します。お茶会のコメントに参りました。よろしくお願い致します☆

玉ねぎが目にしみると涙が出てくる。でもこれは感情の涙ではない。いわば嘘の涙。
そしてテレビからあふれてくるのは真実の感動だったり真っ赤な嘘だったり。
このお歌全体を通して、「真実ってなんなんだ」というような迷いや不安や憤りを感じました。
「愛と嘘」という終わり方。最後に「嘘」が来ることで、主人公の世界に対する絶望や諦めが伝わってくる気がします。
57577のリズムにとらわれない形も、主人公の心の揺らぎのようで、区切らずいっぺんに読んでしまいたくなる歌だと思いました。

目が痛い。目が痛い。
耳が痛い。耳が痛い。
ほんとうは、ココロが痛い。
かもしれない。
【2007/04/15 12:03】 URL | みち。 #KBJvIUTM[ 編集]
お茶会のコメントに参りました。

一見、破調ですが、数えてみるとちゃんと三十一音になっているんですね。
夕食の準備をしている台所に、となりのお茶の間から聞こえてくるテレビの音声。
ドラマか、ワイドショーか。
画面は見えなくても、感動と胡散臭さが伝わってくる。
振り返って、自分のしていることを見ると、家族のために愛を込めた食事作り。
「本当に?」と心に問いかける自分がいます。
夕方の薄暗さと気怠さが感じられます。
【2007/04/14 18:36】 URL | 中村成志 #6Q0aW8YQ[ 編集]
こんにちは。お茶会のコメントにお邪魔しました。よろしくお願いします。
初句以外は、かなり定型を崩した1首ですが、全体ではちょうど31音なんですね。
5・7・5・7・7で区切ると、「たまねぎが/めにしみるゆう/がたのてれ/びからあふれて/くるあいとうそ」というふうになりますが、これだとかなり読みづらいので、意味の切れ目で切りながら、「玉ねぎが/目にしみる/夕方のテレビから/あふれてくる/愛と嘘」という感じに読みました。
この大胆な破調(といっていいのかな?)については、人によっていろいろな意見があると思いますが、私は自分でここまで崩す勇気がないので、面白いなと思って、刺激を受けました。前記のごとく、意味で切って読みましたが、それほど読みづらいとは思わなかったです。

それよりも気になったのは、結句の「愛と嘘」という言葉。こういう紋切り型(?)の表現が効果的な場合もありますが、ここではどうでしょうか。夕方のテレビというと、私はニュースを思い浮かべましたが、それでいいのかどうか。どういう番組を見て「愛と嘘」を感じたのか、さらにその「愛と嘘」に対して、「私」は拒否感を持っているのか、批判的なのか、諦めムードなのか、もう少し伝わってくるといいなと思いました。玉ねぎを刻みながら「私」が何をどのように感じているのか、もう少し想像する手がかりがあったほうが、歌に共感しやすかったのではないかなと思いました。
【2007/04/14 15:54】 URL | 五十嵐きよみ #NkOZRVVI[ 編集]
お茶会参加の仕方はこれでいいのでしょうか?まちがっていたら教えてください。
【2007/04/14 00:48】 URL | 小春川英夫 #-[ 編集]

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